もうすぐお盆、、お墓は生きている人間のためにある。。

* 色と呼吸とヨガで ありのままで美しく、耀く女性を応援!

 埼玉県さいたま市大宮区のヨガサロン caapashanti(チャーパシャンティ)    Kaori  です *

 

今日も暑い一日になりそうですね。

先日ヨガにご参加くださった方が

「ようやく夏が来たと思ったけど、蝉の声がもう秋の声よねぇ〜」とお話ししてくださったことが印象的でした。

蝉も真夏を通り越して残暑が来ていることを感じ、大忙しなのかもしれませんね。

 

もうすぐお盆ですが

今年は世の中がこのような状況で帰省を控える方も多いのではないでしょうか。

お墓参りを毎年されていた方も今年は難しいこともあるかもしれません。

 

今回はお墓やお墓参り、霊について私の視点で書いてみたと思います。

 

よく、お墓参りをしっかりしないとバチが当たるとか、お墓には霊がいるとか色々と言い伝えや迷信があるかと思いますが、私個人的にはご先祖様はそんなことはしないし、お墓に霊はいないと思っています。

目に見えない存在はいると思っていますが、これも見る人の意識と視点によって『見えない存在』の捉え方や感じ方、見え方は変わると思っています。

 

 

お盆やお墓参りについて思うこと

 

お盆は亡くなった先祖の方々を供養する行事の一つとされており、仏教の多くの宗派ではご先祖様の霊が帰ってくるとされ、ご先祖様のお迎えとお見送りをお墓まで行き、宗派や地域によってはお盆期間にご先祖様へのおもてなしをすることもあります。

お盆以外でもお彼岸などにもお墓参りをする日本人が多いかと思いますが、これらは亡くなった方のために行っているのではなく、生きている人間のために行っているように個人的には感じています。

 

そもそも、お墓自体が亡くなった方のためにあるのではなく

生きている人間が心の拠り所とするためにあるのだと私は思います。

 

私は子供の頃、山に囲まれた田舎に住んでいました。

その地域のお墓は各家庭の近くにあるスタイルで、街の至る所に点々とお墓がありました。

山の斜面にあったり、道路の脇にポツンとあったりとお寺や集合したお墓のように綺麗に整備されたお墓はあまりありませんでしたが

『ちょっとお墓行ってくるねぇ』と行って氣軽にいける場所であり、

お墓は近くに先祖や家族がいるという安心感を与えてくれるものであったように思います。

 

『お墓にはたくさんの霊やお化けがいて怖い場所』という一般的な見方がありますが

お墓には亡くなった方の霊はいませんし、何かしらの見えない存在がいたとしても『怖い』という意識でいれば怖いものに見えるし『美しいもの』という意識でいれば美しい光が見える、、そんな感覚でした。

何事も自分の意識がどんな設定をしているかだけの違いです。

 

お墓なんてそこいらへんにいっぱいありましたが、夕方や夜にお墓に一人で行っても怖くなかったし

なんとも思いませんでした。

 

 

お盆には『お盆の風習』も行っていましたが、

お盆という名目のもと親戚や近所の人が集まって美味しいご馳走をたくさん食べながら賑やかに過ごす楽しい夏のイベント。

ご先祖様がいたからこそ私たちの命があること、お盆をきっかけに日頃離れている親戚が集まれたこと、

そして近所の人々の繋がりをより深めてくれることなど、自分たちが今をより幸せに生きることができていることに対してご先祖様へ感謝を感じていました。

 

お墓もお盆も亡くなった人のためにあるような印象が一般的に強いかもしれませんが

お墓やお盆の存在も私たちが前を向いて生きていけるように心の拠り所としているものなのだと私は思います。

 

 

人は亡くなると光だけに戻る

 

人は亡くなると、とても軽やかになり美しい霊となります。光だけになります。

霊魂としてこの大地に近いところへ残る者もいるようですが、彼らは彼らの空間で魂を磨いているので、

私たちがその空間の邪魔をしないよう温かな愛だけ向け、意識を彼らに合わせてしまわぬよう氣をつけなければならないと感じます。

それにはやはり肉体のある私たちが肉体ある人間として学び、高い意識であることが大切。

 

多くの霊はとても美しい波動高き光となるため、肉体を持つ私たちより軽やかです。

そのため亡くなった方の霊は、心で想うことでいつでも心に現れてくれるものです。

霊はお墓にはいません。

もちろん、お墓へ訪れてお掃除をしたりお参りをすることも『感謝』に値することであり大切なことですが

ご先祖様の霊を供養する気持ちと感謝の心があれば、お墓参りができなかったり、帰省でお盆期間を親戚と過ごすことができなくとも、ご先祖様はいつでもそばで見守ってくれている、そう感じます。

 

 

最後に。。。

 

私個人の視点と感じることですが、

ご先祖様への最大の供養は、今、肉体を持って生きている私たちが、

自分の人生を自分らしく全うすることだと感じます。

 

たとえご先祖様の中に成仏されない霊魂がいたとしても

今生きている私たちが、自分らしく、目の前の人生をしっかりと心の目を見開き生きることで

ご先祖様レベルで成仏されていきます。

 

最近は昔に比べてスピリチュアルな世界や見えない世界に興味を持たれる人も少なくありません。

そういった世界観で生きることも必要であり大切と感じますが偏り過ぎても人間としてのバランスを崩します。

 

忘れてはならないことは

私たちは霊的な経験をする人間ではなく、人間の経験をする魂であること、、

 

魂の成長のために人間になったことを心に留め

日々起こる出来事を魂の成長の糧と捉え、生きていきたいですね。

 

皆様にとって、新しいお盆の過ごし方が穏やかでありますように。。

 

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