生き辛さから抜け出し軽やかな生き方へシフト。人の心動くときを大切に。

* 色と呼吸とヨガで ありのままで美しく、耀く女性を応援!

 埼玉県さいたま市大宮区のヨガサロン caapashanti(チャーパシャンティ)    Kaori  です *

 

今年は世の中の様々なことに変化が起こっていますが

それに伴い、人々の氣持ちにも個々で差はあるものの変化が現れているのではないでしょうか。

 

自粛という自分と向き合うことのできる時間を経て

自分の手放したいと思うようなことや

やめたい、変えたいと思うようなことが顕著に現れ始めた方も多いはず、、

今、心がモヤモヤしたり苦しい人も多いかもしれません。

生き方を見直している方もいるかもしれませんね。

 

 

人の『心の動き』はとても緩やか、焦らず見守る勇気を。

 

これはある男の子のお話です。

 

自粛が明け、遅い新学期を迎えて久々に集団生活へ切り替わった少年。

この少年は、もともと集団が好きな方でもなく、どちらかというと自分のペースと自分の世界観を大切にするようなタイプ。

そんな少年は、自粛が明けてからの集団生活で、これまでになかった不思議な行動をとるようになったそうなのです。

 

それは毎日毎日『上履き』を持ち帰ってくる、という行動。

本来、上履きを持ち帰るのは週末だけで良いそうなのですが、彼は自主的に毎日カバンに入れて持ち帰ってきたそうです。

 

親や先生が『置いてきていいんだよ』と声をかけても

毎日欠かさず持ち帰る、、

『どうして持って帰ってくるの?』の問いかけにも答えない。

 

きっと彼なりに『上履きを持ち帰る』と決めた行動の背景には理由がある、

だからその行動を彼が『やめる』と決めるまで

周りの大人たちは彼の『心の動き』を見守り、待つことにしたそうです。

 

しばらくそんな日が続いたある日、

彼のお母さんはあることに気づきました。

 

ちょうど一年前の集団生活が始まった当初、

彼は人との関わりや環境の変化による心の不安や寂しさを『上履き』をお守りにして乗り越えていたことを、、

 

そう、彼は心の不安や寂しさをいつも身につけていられる『上履き』に助けてもらいながら

少しずつ乗り越えていたそうなのです。

 

きっと一年後の今年も無意識に覚えていたのでしょう。

 

しばらくしたある日、彼は上履きを手にし、上履きを眺めながら少し考えた末に

上履きを置いて下校をしました。

その翌日からは持ち帰らなくなったそうです。

 

その日は彼の心が動いた瞬間だったのだと思います。

『もう、上履きがなくても大丈夫かな・・』

そんな目には見えない・耳には聞こえない彼の心の声が聞こえてくるようです。

彼は自分で『やめる』と『決めた』から翌日から行動が変わったのでしょう。

 

 

『変化』というものは大なり小なり、誰にとっても成長でもありストレスのかかるものでもあります。

どんな『変化』にも心は動きます。成長するために動きます。ゆっくりと動きます。

焦ってはいけない。抑圧してはいけない。ゆっくりと動く心を温かく見守り観察することが大切です。

 

この男の子のような話は、全ての大人たちにも大きく関係のあることだと感じます。

 

 

『手放せない思い』は本人すら忘れていることかもしれない

 

例えば今、手放したいけれど手放せない思いや癖、何かがあったとしたら

それはもしかすると、ずっと昔に遡ったいつかの心を支えてくれた『何か』なのかもしれません。

 

本当はその時その瞬間にゆっくりと心の動きを大切にしながら、

心の支えとなるものと共に壁を乗り越えるプロセスを歩み、少しずつ心を太く、そして支えとなるものを手放す作業をしていくところを、たまたまできなかった、、

 

そんな出来事の積み重ねが、今、心のシコリとなるような

生き辛さを感じる何かと見えているのかもしれません。

 

悲しかった、、

辛かった、、

わかってもらえなかった、、

認めてもらいたかった、、

愛されたかった、、、

 

 

無意識に、その時の苦しみや悲しみとゆっくり向き合ういとまもなく

解放することもなく

心の奥にしまい込み、それすらも忘れてしまったのかもしれません。

 

その違和感が

今、『生き辛さ・手放したい何か』として浮き彫りになってきている、

浄化のプロセスを『いま』辿ろうと浮き上がり見せられている可能性があります。

 

あの男の子が「上履き」を無意識に心の支えにし、『不安』という心の隙間を埋めながら

ゆっくりと心を動かすプロセスを歩み、心を調えていたように、

 

過去に得た体験からの未消化の部分と今、改めて向き合うときがきたのかもしれません。

 

 

手放したい『何か』は充分に体験し尽くす

 

もし手放したい『何か』や変えたいと思っている『何か』が生き辛さの元となっているのならば

どうか『手放したい・変えたい』と思っている『何か』を否定せず、

まずはゆっくりと『心動く』まで心のそばに置いてあげてください。

 

充分に体験し尽くしてみてください。

それをし続ける必要があるのかに氣付けた時こそ、心が太く調ってきた証です。

自ら『もういらない』とやめることができるのです。

手放すことができるのです。

 

いつか必ず自分の心が動き『もうなくても大丈夫』そう思える日がきます。

心動く日まで、気長に『待つ』勇気も必要だと私は思います。

 

心の奥にしまいこんでしまった『辛さ』、

どうか怖がらずに、嫌わずに見つめてあげてください。

 

あの頃にはどうしようもなかったことでも

大人になった『今』なら

子供の心の動きを温かな眼差しで見つめ待ってあげられるように

向き合うことができるはずです。

 

心動いた先には

その体験の先には

握りしめていた心のシコリや手放したい「何か」をサラッと手放し

人の心の痛み・悲しみ・苦しみ・不安や寂しさをわかってあげられる人に

人を愛することのできる心優しい人に

より近づいているはずです。

 

 

私たちは『今』を生きています。

だけど時には『今』を調えるために

『過去』を振り返り『過去の捉え方』を『今』見直すことはとても大切になってきます。

 

過去の捉え方を変えれば

過去すらも変えてゆける『今』があります。

 

より軽やかな生き方へシフトするためにも

あの男の子のように、『心の動き』と丁寧に向き合ってゆきたいですね。

 

 

 

 

Follow me!